結局、ヒトのタイプ標本は誰なのか?
- はじめに
- ヒトのタイプ標本問題とは
- リンネ説
- 1758年〜1959年
- 1959年〜現在
- 他説の検討
- 非存在説
- コープ説
- まとめ
- 引用文献
はじめに
本記事は「ヒトのタイプ標本問題1」について、少なくとも私が理解している事柄を整理することを目的として書かれている。必ずしもすべての論点を網羅できているわけではないことに注意してほしい。
また、本記事の内容はEarle E. Spamerの議論(Spamer, 1999)に依拠するところが大きいが、国際動物命名規約については第3版ではなく第4版を参照している2。つまり、本記事で「条」「勧告」と書かれている場合、それは『国際動物命名規約第4版日本語版』における条項や勧告を意味している。
ヒトのタイプ標本問題とは
現在の動物命名法では「タイプ化の原理」のもと、科階級群以下の名義タクソンは担名タイプをもつ(条61)。種階級タクソンの場合、これは担名タイプ標本であり、たとえば、Pongo tapanuliensisの担名タイプ標本はインドネシアの博物館に保管されているMZB39182である(Nater et al., 2017)。このように名義タクソンが担名タイプと結びついていることによって、複数の学名の中から有効名一つだけを客観的に選び出すことが可能となる。
この原理を理解したとき、当然ながら次の疑問が生じることになる。タイプ化の原理はヒト(Homo sapiens)にも適用されるのだろうか?もし適用されるのだとすれば、これまで地球上に存在してきたヒト個体のうち、誰がヒトの担名タイプ標本に選ばれているのだろうか?これが「ヒトのタイプ標本問題」である。
この疑問に対する回答として挙げられることが多いのは、次の3つである(和田, 2001)。
- ヒトには担名タイプ標本が存在しない(非存在説)
- ヒトの担名タイプ標本はカール・フォン・リンネである(リンネ説)
- ヒトの担名タイプ標本はエドワード・ドリンカー・コープである(コープ説)
はたしてどれが正しいのだろうか?