スズメは恐竜の定義に含めるべきではない
追記(2021年10月17日)
2021年10月17日:誤解を見かけたので注記するが、本記事の主張は「スズメは恐竜に含めるべきではない」ということではない。
追記(2021年10月20日)
記事中の「条11A」を「勧告11A」に訂正。
「恐竜の定義」として次のようなものが紹介されることがある。
恐竜とは、イエスズメ Passer domesticusとトリケラトプス Triceratops horridusの最も新しい共通祖先と、その子孫すべてである。
このような定義は系統学的定義(phylogenetic definition)と呼ばれる。系統学的定義ではある祖先を特定することによって、その祖先を起源とする生物すべてを含むクレードを定義することができる。「イエスズメ」や「トリケラトプス」はその祖先を特定するために使われているspecifier1である。
この系統学的定義を現時点で理解されている系統関係2に照らし合わせると、たとえば、イエスズメを含む鳥類は恐竜の一部であることになる。また、恐竜に近縁ではあるものの、翼竜は恐竜に含まれないということも分かる(図1)。
しかし、この系統学的定義はあまり褒められたものとは言えない。なぜなら、伝統的には恐竜とは考えられていなかったイエスズメをspecifierとして使用しているからだ。
なぜ、イエスズメをspecifierとして使用すべきではないのだろうか?大きな理由は、鳥類が問答無用で恐竜に含められてしまっていることである。
この系統的定義を採用し続けるかぎり、今後どのように研究が進展しようとも、鳥類が恐竜から除外されることは不可能である。しかし、これまでの恐竜の研究史の流れを踏まえると、これは極めて異様である。恐竜(Dinosauria)という名前を提唱したリチャード・オーウェンは、鳥類を恐竜に含めることはなかった。その後、1960年代以降の研究によって鳥類が恐竜から進化したことが確実となり、鳥類が恐竜に含められるようになったのだ。鳥類が恐竜であるのは研究の進展による結果的なものであり、最初からそうであったわけではない。
別の説明もできる。たとえば、将来的に「鳥類は実は恐竜ではなく翼竜から進化した」ということが判明したと仮定してみてほしい。その場合、恐竜の範囲は次のようになる。
鳥類が翼竜から進化していた場合、系統学的定義による恐竜には翼竜も含まれることになる。これ自体は(直感に反するだろうが)特に問題ない3。しかし、この系統学的定義による恐竜は、伝統的な恐竜から大きくかけ離れてしまう(図2)。これは恐竜の研究者にとっても、恐竜好きな一般人にとっても、望ましい結果ではないだろう。
このような理由のため、イエスズメを始めとする鳥類は恐竜の系統学的定義の中でspecifierとして使用すべきではない。同様の指摘は、系統学的定義による命名を管理する国際系統学的命名規約(PhyloCode)の条11A勧告11Aによってすでになされている。さらに言えば、PhyloCodeの条11A勧告11Aの例1で扱われているのは、まさに恐竜の事例である。PhyloCodeに従うかどうかはともかく、伝統的なタクソンから断絶した系統学的定義を使用したいと考えているのでなければ、少なくとも一度は目を通しておくべきであろう。
では、恐竜の系統学的定義のspecifierとして何を選択すべきなのだろうか?もちろん、伝統的に恐竜であると考えられてきた生物種を選ぶのが良いだろう。ここでは、PhyloCodeの副読本『Phylonyms』に掲載されている系統学的定義を紹介しておく。これらのspecifierの種は、オーウェンが恐竜とみなしていたものから選択されている。
イグアノドン Iguanodon bernissartensis(鳥盤類:真鳥脚類)、メガロサウルス Megalosaurus bucklandii(獣脚類:Megalosauroidea)、およびケティオサウルス Cetiosaurus oxoniensis(竜脚形類)を含む最小のクレード
Langer et al. (2020) p. 1209(引用者訳)
引用文献
- Baron, M., Norman, D. & Barrett, P. (2017) A new hypothesis of dinosaur relationships and early dinosaur evolution. Nature 543, 501–506. https://doi.org/10.1038/nature21700
- Cantino, P.D. & de Queiroz, K. (2020) International Code of Phylogenetic Nomenclature (PhyloCode) (Version 6). http://phylonames.org/code/
- Langer, M.C., Novas, F.E., Bittencourt, J.S., Ezcurra. M.D. & Gauthier. J.A. (2020) Dinosauria. In de Queiroz, K., Cantino, P.D. & Gauthier, J.A. (Eds.) Phylonyms: A Companion to the PhyloCode (pp. 1209-1217). CRC Press.
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日本語に訳すなら「特定子」になるだろうか。↩
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Baron et al. (2017) によるオルニトスケリダ説では系統関係が異なるが、彼らが定義し直した系統学的定義に置き換えれば話の本筋に影響はない。
イエスズメ P. domestics、トリケラトプス T. horridus、およびディプロドクス D. carnegiiを含む、最も包含的でないクレード
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Baron et al. (2017) p. 504(引用者訳) -
この理由は、鳥類ではなくトリケラトプスが翼竜から進化したことが判明したと考えてみれば分かりやすい。その場合でも翼竜は恐竜に含まれることになるが、その含まれ方は鳥類が恐竜に含まれるのと同様である。つまり、系統学的定義による恐竜と伝統的な恐竜の間で解離が生じることがない。↩